生温い風が後ろの木々を揺らしていく。さくり、と枯葉の踏む音をとらえ、沙羅は静かに顔をあげた。
ざあぁぁ
「…やっぱり、君が来たのか」
「ああ」
ゆるく瞬きをすれば、空目が目を細めたのが分かった。それがおかしくて、ほんの少し口の端を歪めた。
「…みんなは?」
「お前を捜すと言って置いてきた」
「そう…」
君らしいと呟いて、空目が近くへ来るのをぼんやり眺める。
相変わらずの黒装束が暗い木々のなか、そこだけ切り取られたかの様に浮かび上がっていた。その中に一際鈍く光るそれを見て少し首を傾げ、あぁ、と納得する。
「覚悟は出来たんだね」
「…こんな覚悟などしたくはなかったがな」
それに苦笑をし、ごめんと謝る。目を伏せて沙羅は微笑った。
「楽しかったよ。君達と会えて」
「そうか」
「ん。…だから、終わりにしよう」
空目はもう、沙羅の目の前にいた。そして、
どすっ
鈍色に光るそれが、沙羅の躯に突き刺さった。
「…避けなかったな」
「今更…っ、避ける理由はない、よ」
みるみる刺された場所が血に吸われ赤く赤く黒ずんでいく。柄から手を離さない空目に、汚れるよと囁けば構わないと返された。
「久樹、」
「うん」
「久樹」
「うん」
「……沙羅」
「…うん」
名前を呼ばれ、それに返す。肩に埋めている彼の表情は判らなかった。
ぽたり、ぽたりと雫が柄に滑り落ち、地に跳ねる。ずる、とバランスを崩した沙羅を空目は静かに抱き留めて座り込んだ。
紅い華が零れるにつれ、徐々に色を失う沙羅に静かに言葉を紡ぐ。
「…悪いな。これしか方法は思いつかなかった」
その物言いに、血を流しながら弱々しく微笑う。
「こちらこそ。君に委ねてしまって、悪かった」
ごめん。
囁く様に呟いた声は、思ったより掠れて消こえた。
焦点がうまく合わないのか、曇りつつある光をさ迷わす沙羅に刻限が近いのを知る。
「久樹?」
名を呼べば、ごめん。ともう一度呟かれ、微笑った。
「 おやすみ 」
力無く、眠る様に瞼を閉じる沙羅の顔の輪郭をそっとなぞり、空目は唇を噛み締めた。
(どうして彼女だったのだろう)
(大切なものは、いつだって掌から滑り落ちてゆく)